『氷点』 三浦綾子 ―人間の愛と弱さを描き抜いた傑作―

小説

今回は、三浦綾子氏のデビュー作であり、『氷点』を紹介したいと思います。読み終わったときにきっと胸を締め付けるものがあり、そして人に優しくなれることは間違いないでしょう。

原罪」「赦し」をテーマに、特に「汝の敵を愛せよ」という言葉を実践することの難しさが強く伝わってくる作品です。

記事では、簡単な概要と(できるだけのネタバレを控えて)、本書の魅力、私たちが小説を書く際に参考に出来るポイントはどこか、以上の三点を中心に解説していきたいと思います。

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簡単な概要

父・辻口啓造、母・辻口夏枝、長男・辻口徹、長女・辻口ルリ子は旭川に住む四人家族です。病院の経営者の家庭ということもあり、経済的にも豊かでありふれた幸せの中で暮らしていました。

しかし、ある一つの事件をきっかけに彼らの幸せな時は終わりを告げます。

<<長女・ルリ子の誘拐・殺害>>

このあまりにショッキングな事件の背景にあるのは、夏枝と啓造の経営する病院の眼科医である村井靖夫の往診でした。村井は夏枝に慕情を抱いており、夏枝もそれを拒みながらも上辺では往診の際の逢瀬を甘美なスパイスとして楽しんでいたのです。

幼いルリ子は時間を持て余しており、母である夏枝に遊んでくれるように頼むのですが、夏枝は村井との逢瀬に夢中で、ルリ子を冷たくあしらってしまいます。そして、家を飛び出したルリ子は不幸な事件の被害者となってしまい…

と、ここまでが序章であり物語の入り口になります。次に、本書の主人公である辻口陽子の登場です。

陽子は、事件のあと夏枝がルリ子を失くした喪失感より啓造に娘が欲しいと相談して、啓造が引き取ってきた娘です。夏枝は失くしたルリ子への贖罪の念もあり、血はつながっていなくとも、自分の大切な娘として愛情を注ぎます。

しかし、啓造の書斎で陽子の隠された出自を知ってしまった時から、陽子に注いでいた愛情は憎しみへと姿を変えていき、物語はさらに不幸な道へと進んでいきます。

本書の魅力

人間の弱さとは何かを教えてくれること

ここまで読んでくれた方には分かる通り、本書は決して幸せなだけで終われる物語ではありません。むしろ、これほどまでに人間の弱さを見せつけてくれる作品はないと言った方がいいかもしれません。

簡単な線引きをしてしまうのであれば、夏枝はきっと悪女・悪妻・悪母でしょう。もしかしたら、作中で犯した罪を数えていけばもはや救いようのない人間かもしれません。しかし、彼女の見せる弱さは“殺人”や“強盗”などの突飛なものでなく、一つ一つが誰にでも起こしてしまうかもしれない小さな“弱さ”なのです。

だからこそ、罪を重ねる夏枝は辻口家だけでなく、読者の心までもかき乱すのでしょう。

人間の温かさ・強さを信じられること

夏枝が物語における影であるならば、陽子は希望の光であり、救いなのかもしれません。あなたは一ページをめくるたびにきっと彼女のことが好きになってくるはずです。

夏枝によって人間の弱さや脆さこれでもかと映されるほどに、それでも真っ直ぐ強く優しく生きようとする陽子の人間としての尊い一面はより強く深く読者の胸に飛び込んできます。

また、兄である徹についても同じことが言えます。彼は陽子の出自を知った後に、自分が思っているのは兄弟愛かもしくは異性への愛か深く悩み、考え抜きます。そして、悩み抜いた末にとる彼の行動は是非注目して欲しい場面です。啓造と夏枝、両親が見せることが出来なかった陽子への「愛」を彼は見事に体現してくれます。

小説を書く際に参考に出来るポイント

ここからは、小説を書く際に何が参考に出来るかということをまとめた話になるので、読む専の方は【まとめ】までサクッと飛ばしてください!!

・心理描写について

本書では改行してカッコ付けで登場人物の心理描写を映す場面が非常に多いです。読者は、各登場人物の心情が常に分かっている状態なので、彼らがとった行動に深く理解を示すことが出来ます。つまり、一人一人のパーソナルな部分により深く入りこめますし、

「何でこの人はここでこうしたのかが理解できない」といったことが防げて、読者を物語の世界から離すことがありません。

「」で続く会話の長さが比較的長いことも、それまでに登場人物のことを読者がよく理解しているからこそ、出来るポイントでもあります。ただ、単に「」で会話文ばかりの小説だったら、言語化している情報が全てで、自分の心理は全部口に出すっていうことになってしまいますし、それでは登場人物に入り込みづらいですからね。

・北海道・旭川という舞台設定

舞台設定が絶妙です。もし、あなたが既に本書を読み終えているとするならば考えてみてください。本書の舞台設定が、大都会の東京だったり、南国の沖縄だったりって想像すると…ちょっと考えられませんよね。それだけ、読んでいるうちに旭川を始めとする北海道の冬や、そこにひっそりと佇む辻口病院を読者は意識しているわけです。

私自身は、舞台設定の効果や重要さをさほど考えていなかったこともあって、本書でおける学びは非常に大きかったです。

・夏枝という主人公

物語的には陽子が主人公かもしれませんが、この小説における事件の全ては夏枝が居なければ始まりせん。夏枝がいない『氷点』に感動することがあるでしょうか?おそらく、それほどでもありませんよね。(三浦さんの力量を考えれば、それはそれで凄いものを書いてしまいそうな気がしますけど笑)

何かを描こうとする時は一点に全精力を傾けたほうがいいと思いました。夏枝が容赦ないからこそ氷点は面白いのだと思います。

ついつい微妙な心の揺れを書きたいとか、日によって人間の態度が変わることなんて普通だからと、そんな風にして書き手は読者に話の方向性を見えづらくしてしまうことがあるものです。けれど、やっぱり、悪人なら悪人を強く描き切るほうが分かりやすいですよね。勧善懲悪ストーリーだっていつの時代も人気はありますし、善悪併せ持った人間を一人一人書き上げる必要は必ずしもありません。

それよりも、大切なことは読者にしっかりと話の本筋を見せることです。この物語はどこに向かっているのか、彼らは何をしたいのか、そこがぶれてしまっては元も子もありませんからね。

まとめ

今回は『氷点』を紹介しました。三浦綾子氏の代表作ということもあって、抜群に面白いですし、それぞれ弱さを抱えている私たちなら誰が読んでも心に響くものがあると思います。

しかし、もし、あなたが人間の愛や弱さに目を向けたいというのであれば、『氷点』はよりお勧めですし、あなたのために書かれた作品といっても過言ではないでしょう。

本書を読み終えた時、一つ考えてみて欲しいことがあります。もしあなたが夏枝だったら、彼女の出自を知った後それでも陽子を心の底から愛し抜けるでしょうか?また、夏枝を赦すことは出来るのでしょうか?その答えこそが「汝の敵を愛せよ」の本質だと思います。

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