又蔵の火 藤沢周平-暗い宿命-

時代小説

『又蔵の火』は藤沢周平氏があとがきで、「暗い宿命のようなものに背中を押されて生き、あるいは死ぬ」と語っているように、暗い宿命がテーマです。

ならず者たちの生き様を見て、理解できない部分もあるかもしれませんが、そんな風にしか生きられない人間がいることも確かです。

彼らの背負う「暗い宿命」とは何なのか、一編ごとに見ていきましょう。

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どんな小説家?

藤沢周平(1927-1997)
1971年(昭和46年) – 「溟い海」で、第38回「オール讀物」新人賞受賞。
1973年(昭和48年) – 「暗殺の年輪」で、第69回直木賞受賞。
1986年(昭和61年) – 「白き瓶」で、第20回吉川英治文学賞受賞。
1989年(平成元年) – 「市塵」で、第40回芸術選奨文部大臣賞受賞。
1989年(平成元年) – 作家生活全体の功績に対して、第37回菊池寛賞受賞。
1994年(平成6年) – 朝日賞受賞。第10回東京都文化賞受賞。
1995年(平成7年) – 紫綬褒章受章。
1997年(平成9年) – 鶴岡市特別顕彰、山形県県民栄誉賞受賞。

Wikipediaより

時代小説を代表する小説家です。今もってなお彼のファンは多く、自分もその一人です。綺麗ごとだけではいかぬ人間の生を描いた作品は読み応えがあります。

また、藤沢作品の一番の特徴は、情景描写・心理描写の巧みさではないでしょうか。彼独自の世界というものを楽しみに、自分は藤沢作品を読んでいます。

概要

『又蔵の火』は中短編あわせて5編から成る作品です。「暗い宿命」を背負った主人公たちの生き様は無様でみっともないですが、強烈な魅力を放ちます。

・又蔵の火

兄の敵討ちをするべく剣の修行を重ねた又蔵は、帰郷し敵を見つけた。

ただ、彼の兄である万次郎には殺されて然るべきだけの理由があった。万次郎は放蕩を重ね、幾度の忠告を聞き捨てた挙句、親族に斬られたのだ。

しかし、又蔵はそんなことは知っていた。誰からも同情されない兄がいたからこそ、ただ一人敵討ちを決意したのである。

自らの命をかけて無意味とも敵討ちに心を燃やす又蔵。

理屈ではない情念の果てに生きる又蔵は、敵に向かって磨いてきたその剣をふるうのであった。

・帰郷

宇之吉は帰郷した。その時偶然にも橋の上にいたところをやくざ者とすれ違う。堅気ではない宇之吉は、彼らの横柄な態度に反応し何人かを叩きのめす。これがすべての始まりであった。

故郷に捨ててきた女房と娘、因縁のある九蔵との再会。

「今さら父親面するわけにもいかない」

土壇場で苦しむ娘を見て、宇之吉が出来ることといえば、やはり己の腕一本のはったり以外にはなかった。

・賽子無宿

喜之助は熱を発していた。体からは悪寒がし、足元もおぼつかない。しかし、男には金がないため泊まる宿もなく、加えて帰る家もなかった。

飛び込んだおでん屋で、熱燗を頼み、体を温める。再び立ち上がろうとしたその時、喜之助の体は崩れた。

喜之助を介抱してくれたのはお勢という店の女であった。聞く所によれば、女の父親が賭博で借金を作り、香具師の親方である庄兵衛がお勢を妾にしようとしているらしい。

喜之助は、お勢を捨てた男を脅して十両を巻き上げると、細工をした賽子をもって、庄兵衛の賭博所へと向かうのであった。

・割れた月

赦免された男たちを乗せた一隻の船が霊岸島に着いた。

家族との縁もとうに切れている鶴吉は、昔の女であるお紺のもとを訪ねようとした。しかし、元の住居にお紺は既におらず、今はお菊が住んでいた。お菊は、鶴吉が三宅島に流される前には十二、三の子供であった。

お菊は鶴吉に惚れていた。最初は何日か泊めてもらうだけと思っていた鶴吉も、次第にお菊に惹かれ、真っ当な仕事に就き、商売を始めた。しかし、商売は上手くいかず借金が溜まっていく。

思いつめた鶴吉は、賽子に細工を仕掛けて、賭博へと臨むのであった。しかし、賭博所には忘れていたお紺の姿があった。

あっけにとられ鶴吉、彼がみた割れた月とは……

・恐喝

竹二郎はやくざ者だ。ある日、店の商品が足に倒れてきて、怪我をした。これみよがしに店の者から金をゆすった竹二郎だったが、症状が悪化し、道中で倒れてしまう。

彼を助けたのはゆすりをした店の娘・おそのであった。気まずい彼は店の者を睨みつけると、さきほどのことは言わぬようにと目で脅したのであった。

ある日、ぼんくらの若旦那が博打で借金が重なり、脅しとして彼の女をかたにとることにした。しかし、驚いたことにその女というのが、おそのであった。

「この女は人違いだ」と言い張る竹二郎だが、そんな理屈が通るわけもない。覚悟を決めた竹二郎は匕首を兄貴分に向けるのであった。

小説の魅力

・あぶれ者の生き様

今も昔も真っ当に生きることができない人間というものが存在します。

突き放した言い方をすれば、彼等には「自業自得」という言葉で済むのかもしれませんが、本人をよく見れば根っからの悪人であるわけでもありません。

大体が人並みの善意を持つ中で弱さがそれを上回り、ろくでもない人生を送っているのです。

「暗い宿命」を背負った彼の生き様は、暗くよどんでいながらも強い光を放ちます。

これは、平穏に飼いならされた凡人の毎日とは対照的に、彼らは脆く危うい明日を生きているからでしょう。

そして、人間の背中を押し、活力を与えるのは「誰かのために」「家族のために」といった正の感情だけではありません。人を恨み抜いたすえの殺意のような、どす黒いものがより強烈な活力になることもあります。

過去の復讐のため、どん底で受けた掛値なしの恩を返すため、主人公の理由は様々ですが、彼らは最後に己の命を張って勝負をしかけます。

そして、作者は主人公たちに悲劇的な結末を、誠実さをもって描いていきます。

ここで、生ぬるいラストを迎えたら興ざめですが、本作ではそのどれもが痺れるクライマックスを迎えるために、高揚と余韻を残す読後感を得ることができます。

まとめると、『又蔵の火』では、世間一般では悪人とされる人物が刹那的に輝く生を描いた作品です。
ギリギリのところで生きる人間が己の命を張って生きる様はそれだけで十分な魅力があるのではないでしょうか。

まとめ

『又蔵の火』は「暗い宿命」を背負った主人公たちの刹那的な輝きを見せる瞬間を切り取った傑作です。 平穏で何もない毎日を送る人ほど、澱みながらも放たれる強烈な光に惹かれるのかもしれません。

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