冬の蜻蛉 伊集院静-現在の裏には過去がある-

小説

短編小説と聞いてはじめに思い浮かべる小説家は誰でしょうか?

自分にとっては伊集院静です。

なんとなくで読んだ『眠る鯉』、この作品に大きな衝撃を受けました。

自分は、「娯楽読み」するタイプで、(地の文の美しさとかよりも、ストーリーの面白さや、キャラ立ち重視で読むスタイルのこと)わりかしスイスイと読んでしまうのですが、この作品は違いました。

「地の文が凄い」生まれてはじめてこんなことを思いました。

無駄を省いた文章、大袈裟すぎず的確な比喩。今まで流し読みしていた文章を一つ一つ追っていました。

また、物語も良いのです。

「大きな事件が起こさずとも心に余韻を残す」

鮮烈に過激に描くことはそれだけ読者に印象を与えます。多くの名作と呼ばれる作品は、きっと物語のなかに大きな事件があるのではないでしょうか。

そういったなかで、日常の延長線上に筆を置き、読者に満足させることは並大抵のことではありません。

以上、長々と書きましたが、これらが伊集院静の短編作品の魅力なのです。

・地の文

・大きな事件のない物語

さて、今回読んだ『冬の蜻蛉』。

馬鹿笑いを誘うよな話から、背筋そっと寒くなるような話まで。バラエティに富んだ7つの作品が収録されています。

途中まで読んでありきたりだなーと思った人も、その仕掛けに必ず驚きを感じるはずです。

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どんな小説家?

伊集院静 1950年山口県生まれ。立教大学文学部卒。広告代理店勤務を経てフリーのCMディレクター、作詞家など幅広く活躍しながら、小説家を目指す。’89年に初の小説集『三年坂』を出した後、’91年『乳房』で吉川英治文学新人賞、’92年『受け月』で直木賞、’94年『機関車先生』で柴田錬三郎賞を受賞する。著書は他に『白秋』『あづま橋』『海峡』『でく』などがある。

『冬の蜻蛉』著者紹介文より

とにかく多芸な人で、作詞家としては「ギンギラギンにさりげなく」をはじめ多くの人気アーティストの作詞を務め、小説家としては直木賞をはじめ幾多の賞を受賞。

私生活でも、夏目雅子と不倫のすえ結婚したりと、一波乱も二波乱もある生活を送っていたようです。

概要

・冬の蜻蛉

牧子は圭一と交際している。香水の世界で名を馳せていた牧子は、これまでにも何人かの男と付き合ったことはある。しかし、今回のような出会いは違った。

圭一の飾らない純朴な性格に、牧子は安らぎを感じていたのだ。

しかしある時、野球好きの彼の知られざる秘密を知ることになるのだった。

・睡蓮の雨

茂蔵は同性愛者であった。二人の元彼について回顧していく形で小説は進んでいく。

・チルドレン

大阪にあるぼったくりバーで起きる珍妙な事件。

一頁目から疾走したまま、最終頁まで駆け抜ける。

数々の仕掛けが読者に笑いと哀愁を誘う。

・うそ時計

町工場の社長を務める白石は、美也子と不倫関係にあった。

次第に明かされる美也子の素性、一つのアンティーク時計が物語の鍵をにぎる。

・ウイリアムテル

私は”ペチカ”というバーで女をひっかけた。

再度あの女に会おうと”ペチカ”に向かったのだが、そこの店のオーナーはかつて一緒に遊んだ仲である石丸菊夫であった。

彼がかけているサングラスをみて、私はかつての事件を思い出すのであった。

・あぶな絵

加治竜也の妻である乙女は、認知症を患っていた。

半年は乙女の笑顔を見ていないことが心配になった竜也は、枕元で妻の気を引こうと彼女の故郷である京都への旅行を勧めてみた。

すると、意外なほどに上機嫌で興奮している乙女。彼女から愛撫にこたえるようにして何年かぶりに体を重ねる二人。

興奮した竜也も一つのあぶな絵(春画)を思い出し、彼女に見せた。

しかし、それに答えた彼女の言葉は、、、

・秋野

里中が死んだ。野球の名選手であった一方、幾多の借金を重ねては逃げることを繰り返していた彼。その半生をチームメイトであった石山が回顧する。

おすすめしたい人

・短編小説が好きな人へ

長編小説は面白くなるまで待てないから苦手。そんな人へおすすめの一冊です。

短編小説は、その短さに一つの物語を圧縮しています。

その中でも、本書はバラエティに富んだ作品です。

背筋がすっと寒くなるようなラストから、温かみのある愛を描いた作品まで、幅広な作品を楽しむことが出来るでしょう。

自分は「あぶな絵」が一番好きでしたが、人によって7通りの選択肢があるのではないでしょうか。

小説の魅力

・幅の広い作品

一冊に綴じられていますが、それぞれに統一的なテーマはなくて、色んな作品が出てきます。

それぞれ毛色が異なる中でも、地の文が上手いからでしょう、全ての作品が読みやすいです。

登場人物が清廉潔白ではなく、それぞれの過去に含みがあるのがまたいいですね。綺麗なままではいられぬ部分に深みや共感を覚える人も多いのではないでしょうか。

「冬の蜻蛉」のように過去を受け入れて道を進もうとするのか、「あぶな絵」のように抱えきれないほどの衝撃を受けてしまうのか。

“知られざる過去”があったとしても、二人がどれだけ長い期間過ごしてきたのか、相手のことをどのように思っていたのか、など複雑な要素で受け止め方は変わっていきます。

そういった点でも、本作には初対面、旧友、距離感のあった同級生など様々な関係性を描くことによって見せ方を変えているのではないかなと思いました。

まとめ

短編の名手・伊集院静の描く短編集『冬の蜻蛉』は7つの作品が収録されています。

短さと面白さを集約した名手の一作は、一読の価値があると思います。

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