松永久秀という戦国の梟雄を題材に、彼の人生を鮮やかに描き切った快作です。
『八本目の槍』と同様、武将についたイメージを180度逆転させてやろうという野心があり、それを実現させる引力のある物語が最高に面白かったです。。
決して短い作品ではありませんが、あっというまに読み終えてしまえる作品であると思います。
どんな小説家?
今村翔吾 1984年京都府生まれ。滋賀県在住。「狐の城」で第23回九州さが大衆文学賞・大賞・笹沢佐保賞を受賞。デビュー作『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』で2018年、歴史時代作家クラブ・文庫書き下ろし新人賞を受賞。同年、「童神」で第10回角川春樹小説賞を受賞。
『童の神』著者紹介文より
圧倒的な引力で物語が駆け抜けていきます。正直にどの作品を読んでも面白いので、歴史好きな人であればぜひおすすめしたいですね。ここ数年の時代小説というジャンルでは最も人気のある小説家かと思います。
概要
松永久秀が二度目の反乱を起こした。報告を受けた織田信長の機嫌は悪くなかった。
愉快そうにゆるりと夜空を眺めると、小姓頭の狩野又九郎を相手に松永久秀の人生を語りだすのであった。
小説の魅力
・大いなる野心
冒頭でも書きましたが、今村翔吾という作家は定説をなぞるような小説を書いたりはしません。
既読の方は『八本目の槍』で描かれた石田三成を思い出してみてください。
「悪い人間ではないが、堅物で人の心が分からない」
世間一般で共有される石田三成の像は、『八本目の槍』ではいっさい描かれていませんでしたよね。
賤ヶ岳の七本槍の面々に三成は何を託したのか、七人との物語のなかで今まで思っていた石田三成の姿とはかけ離れた姿がそこにはあったはずです。
さて、本作『じんかん』の主人公は梟雄として名高い松永久秀。一体、彼をどのように描くのかというところですが、しっかりと読者の期待を越えてきます!
歴史的事実を変えることなく、彼の人生の背景をダイナミックに描くことで同じ事実でも相手に与える印象を180度変えてしまいます。
梟雄としての姿はそこにはなく、乱世を終わらせ民の世を作ろうとした英傑の姿を見ることが出来るでしょう。
・共通したテーマ性
今村翔吾さんの作品には共通たるテーマ性があります。
「虐げられてきた者が立ち上がる」「弱者が命をかけて生をつかみとる」
個人的にはこのようなテーマ性を多くの作品で感じてきました。
本作でも荒廃しきった戦国という世で、生きることに窮した少年少女たちが追いはぎを行うところから物語ははじまっていきます。生きるためには己の母の肉を食うのか?
そういった極限の地獄をくぐり抜けて、松永久秀は大名へと昇りつめていきます。そして、幼少期に味わった経験が松永久秀を民の気持ちが分かる国主へとつながるのです。
苦難からの逆転、虐げられたものの生きる力、そういう姿は本作でも感じることが出来ましたし、その熱くたぎるエネルギーが本作を力強く激動に満ちた物語へと作りあげていったのだと思います。
・圧倒的なエンタメ力
今村さんの野心は、圧倒的なエンタメ性をもって物語で実現されていきます。
物語は細かい部分を練り上げて、フィクションを読者に提供するようなやり方ではなく、圧倒的なエネルギーと引力で読者を物語に没入させてしまう作品です。
今村さんの作品が豪腕と称されるのはこれまでの時代小説を読んできた人にはよく分かると思います。渋さとか味わい深さというより、物語の強さ、ストーリーの面白さに持っていかれるんですよね。
だから、読んでいていちいち細かい部分が気になったりしませんし、物語に呑み込まれることが物凄く心地いいんですよね。
本作であれば「清廉たる松永久秀がどのようにひとの世を見つめ変えようとしたのか」、そういった点に読者の視点は集中し、彼のヒーロー性に酔わされていくのです。
くどくどと言葉を並べてみましたが、ひとことでいえば”ただただストーリーが面白い”といったところなのだと思います。
まとめ
『じんかん』は松永久秀のイメージを塗り替える野心作であり、圧倒的な面白さのある傑作です。
戦国好きの若い人などは、一度読んだらあっという間にハマってしまうのではないでしょうか。
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