『あかね空』は2002年に直木賞を受賞した山本一力の代表作です。
前半は京都から江戸に上ってきた永吉の豆腐屋が軌道に乗っていくまでの商売を主軸に置き、後半は家族の愛憎を描いたヒューマンドラマになっていきます。
また、最初は永吉の視点から物語が進みますが、後半は幾人もの視点から物語が語られるといった珍しい構成になっています。
事業を成功させるには自分一人の力だけでは難しいといった点から、簡単には切れぬ家族との結びつきまで一貫して人情について考えさせられる作品です。
どんな小説家?
山本一力(1948-)
1997年に『蒼龍』でオール讀物新人賞を受賞し、デビュー。2002年に『あかね空』で直木賞を受賞。
小説家としての経歴もさることながら、小説家になるまでの人生がとてもユニークです。
転職を10回以上した話、借金2億円から小説家を目指した話、サラ金に助けられた話などなど。
「初めて新人賞をいただいた「蒼龍」っていう作品もそう。新人賞へ何度応募してもダメっていうそのときの自分の状況を、江戸時代にタイムシフトさせて書いた作品。」
第12回作家 山本一力さん-その2-2億の借金を返すため時代小説で勝負をかけた|魂の仕事人|人材バンクネット (jinzai-bank.net)
著者自身も上記のように述べているように、ユニークな人生経験が小説に活かされています。
以下のリンクにインタビュー記事が載っていますので興味のある人はどうぞ!
第12回作家 山本一力さん-その1-幾度もの転職の果てに辿り着いた 時代小説作家という職業|魂の仕事人|人材バンクネット (jinzai-bank.net)
概要
京の豆腐屋「平野屋」の奉公人である永吉は豆腐職人として身を立てるべく江戸に上る。しかし、江戸で親しまれている豆腐は京都とは舌触りも食感も異なり、永吉の作った豆腐はなかなか受け入れられなかった。
そんな永吉の姿を見ていたおふみは、豆腐屋として軌道に乗せるべく家族ぐるみで彼を助ける。次第に、永吉の作った豆腐が評判になり、永吉とおふみも結婚することになる。
三人の子宝に恵まれた永吉とおふみであったが、次男・長女が生まれたことに結び付くようにおふみの父と母が亡くなる。長男を溺愛するようになっていくおふみ、険悪になっていく夫婦と家族関係。果たして永吉が立ち上げた豆腐屋の行く末はどうなってしまうか?そして、彼ら家族はまた幸せな日々を送ることが出来るのか?
おすすめしたい人
・人情を味わいたい人
本書は江戸に上った若者が夢を叶える物語であり、一方で、家族を描いた物語でもあります。しかし、一貫して通っているところは人情であり、これなしでは物語として成りえないのです。京都から一人で江戸に上ってきた永吉が成功を収めたのも、おふみやその家族の人情あってこそですし、永吉の家族がたびたび衝突してしまうのもまた人情から起こるのです。
本書を一つの軸として貫いている「人情」というものに読む意義を感じられる方に本書をおすすめしたいと思います!
小説の魅力
・大きなストーリーを一本の小説にした筆力
子供が生まれるまでの永吉とおふみは良好な関係であり、そこで締めてしまえば、京都から夢をもって江戸に上った若者が成功と愛を勝ち取るという非常に爽やかな小説として締まります。
しかし、そんな幸せな状況から家族の溝や確執を描いていくのですからこれは簡単に描けるものではないと思います。ここまで描いて生きた前半部分を壊さないように、そして読者をしらけさせないようにしつつ、テーマの移動をしていく技量が必要ですから、とても凄いことだと感じ入りました。
・視点の切り替え
一つの事実をもってしても、人がどう感じるかは異なる。当たり前のことかもしれませんが、これが本書においては非常にうまく描かれています。
母は息子を思って行動をとりますが、息子にとってはそのことこそが一番の苦痛であったりするわけです。
読者は第三者だからこそそれぞれの気持ちが分かる、ということを利用しているのだなと感じました。本当は家族同士互いに思いやっているのですが、ある出来事からなし難し的に偏愛を生んでしまったり、さらにそれが家族間の確執となってしまう。
もどかしさ、やるせなさを思う時に読者は間違いなく本書の世界に浸っているということなのでしょう。
まとめ
『あかね空』は江戸に上った若者が夢と愛を勝ち取る爽やかな小説でもあり、家族の不仲や愛憎を描いた小説でもあります。それでも、一貫しているのは人情であり、それこそが全ての事の起こりです。
緊張感や厳しさがありつつも、それ以上に愛を感じる作品です。直木賞受賞の人情時代小説、是非手に取ってみてはいかがでしょうか。
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