さぶ 山本周五郎-心の成長-

時代小説

心や精神が成長する時とは、どんな時なのでしょうか?それはきっと挫折や試練などの苦い経験を乗り越えた時なのだと思います。

本書における主人公・栄二は理不尽な事件に遭いますが、そこから憎しみを乗り越えて一回り成長していきます。しかし、人は一人で成長出来るものではありません。栄二の周りにはいついかなる時でも、彼を信じて支え続ける親友の存在がありました。

強く固い友情、支え続ける人の姿、人を赦すことの難しさ、絶望から這い上がって初めて気づくこと、本書一冊の中で私たちの心に潜んでいる様々な模様が映し出されていきます。

1963年に発表されてから50年以上がたった2020年にもテレビドラマ化がされるなど、いつの時代でも色褪せぬ人間の心を描いた作品ですので、この機会に是非ご一読してみてください。

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どんな小説家?

山本周五郎(1903-1967)

人間の心を映し出すことに極めて優れた昭和を代表する小説家。

代表作は『赤ひげ診療譚』『さぶ』『樅ノ木は残った』など

「読者から寄せられる好評以外に、いかなる文学賞のありえようはずがない」といった信念のもと全ての文学賞を辞退したことでも有名です。

著者の描く作品は人間の心髄を貫くような作品であり、全ての人間に対しての愛に溢れています。本書においても、人を裏切り傷つけることで幾つもの罪や憎しみが描かれていますが、同時に友人のことを思い続ける固い友情や、社会から見放されても見捨てはしない愛情など人間の愛すべき美徳も数々描かれています。

概要

栄二とさぶは江戸の経師屋芳古堂に住み込みで働いていたが、ある日、栄二は得意先の綿文で盗みを働いたと無実の罪を着せられる。

人足寄場に送られることになった栄二ははじめのうちは濡れ衣を着せた者への復讐心にいきり立っていたが、様々な人間や瀕死の体験を経て、次第に気持ちに変化が現れていく。

器用で男前ながらも、心に幼さがあった栄二の心の成長と、不器用で愚鈍であるが常に誠実にありつづけるさぶとの友情を描いた時代小説

おすすめしたい人

心を許せる友人がいる人

言葉にすれば浅いものになってしまいますが、心を許せる友人が一人でもいること、それは意識の外にあって、自分の心の支えとなっているものです。また、一方で自分が一緒に居て楽しく過ごせるだけでも相手にとっても心の支えとなっているのかもしれません。

最後まで読み終えた時、多くの人が心を許せる友人がいることの幸運をより強く感じられると思います。そして、前よりも少しだけ人に優しくなれるかもしれません。

小説の魅力

・のけ者、外れ者に対しての愛

『赤ひげ診療譚』でもそうでしたが、著者である山本周五郎は世間一般でいわれる「真っ当な道」から外れた人間に対しての愛に溢れています。

「人間には誰にも、自分では気づかない能があるらしい。おらあここへ来てそこそこ一年になるが、そのあいだにいろいろな人間や出来事をみてきた、寄場はしゃばと違って、無宿人や牢から出てきた者ばかり、ひとくちにいえば世間からはみ出た人間だ、けれども、いっしょにくらしてよく見ていると、うすのろとかぐずとか、手に負えない乱暴者とか云われる人間が、それぞれみんないいところを持っている、誰にもまねのできねえような立派な仕事をする者も幾人かいるよ、」

新潮文庫版、p276

また、女を追い込み売ることで銭を稼いでいた男も、寄場に嵐が来た時に人を助けようとして溺れ死ぬシーンがあります。

私たちも、栄二のようにとは言わずとも不運の一つや二つで今までのように真っ当とされる道を歩けなくなる時があります。そして、同様にいま罪を犯したりして、あぶれ者として生きている人にも何らかの不幸な事情があったのかもしれません。運悪く知識や思慮が不足していたのかもしれませんし、たまたま罪を犯すことに近い環境でこれまで生きてきたのかもしれません。

自分を度外視いた時に他人を批判することは簡単なことですが、自分も変わらぬ人間だと思った時に、上記のような台詞や場面は小説という虚構を飛び越えて自分の心に訴えてくるものがあります。

・知らずのうちに人に支えられ、支えていること

男前で器用な栄二は常に人から愛されて生きてきました。故に、無実の罪を着せられて人足寄場に送られることになった時に受けた傷はとてつもなく大きいものでした。

社会から放逐された栄二は理不尽な仕打ちに怒り、憎み、周りの人間にも心を開かずに冷たくあしらうようになります。それでも、栄二のもとには彼を支える人たちが居続けてくれました。そして、立ち直り、一回り成長した時に栄二は気付くのです。

こんなに腐ってしまった時にも支え続けてくれた人たちがいると。

しかし、一方で栄二を支えてきた彼らもまた同じように栄二の存在を支えとして生きていたのです。

以上はあくまで小説なので極端な例なのかもしれませんが、私たちも知らずのうちに誰かに支えられており、また支えてもいるのだと感じることが出来るのではないでしょうか。

まとめ

『さぶ』はタイトルとは違い、主人公はさぶの親友である栄二で彼の心の成長を描いた物語です。ここでは伏せていますが、物語の最後で見せる栄二のシーンはまさに人足寄場を経て、一回り成長したからこその名場面だと思います。 タイトルが栄二ではなくさぶなのか考えながら読んでみることも面白いかもしれませんね。

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