吉川英治文学賞受賞の一作。
自己同一性をテーマに置いたサスペンスであり、非常に面白かったです。
「敵を欺くにはまず味方から」
一言で感想をまとめるならば、そんな言葉がしっくりときます。
どんな小説家?
篠田節子 1955年東京都生まれ。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。97年『ゴサイタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞受賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞を受賞。著書に、『聖域』、『夏の災厄』、『廃院のミカエル』『長女たち』など多数。
『鏡の背面』著者紹介文より
大衆小説における名だたる賞を受賞している小説家で、サスペンスやホラーから日常に生きる女性の物語まで幅広い作品があります。
特に女性の内面を描くのが上手く、デビューから現在に至るまでコンスタントに賞を獲得していることからも常に一流の作品を書き続けていることが分かります。
小説の概要
薬物依存者やDV被害者の女性たちが暮らす施設で火事が起き、
全ての人から尊敬を集めていた小野尚子が死んだ。
しかし、その遺体は小野尚子ではなく別人のものであったことが判明する。
小野尚子の正体とは何なのか?その裏には一人の女の姿があった。
小説の魅力
人を騙すより難しいことは……
「人は騙せても自分のことを騙すことは出来ない」
一般に言われるこの言葉は果たして本当なのでしょうか?
自分がいま認識している自己とはそれほど確立されたものなのでしょうか?
本気で人を騙す時にはまずは自分から騙さなければいけません。自分自身が強く信じるからこそ、本心から真実として相手に伝えることが出来るのです。
もはや嘘をついている自覚が無ければ、人を騙すことは容易でしょう。しかし、その時に果たして自分だけは騙されずにいられるのでしょうか?
「人を騙すこと、自分は騙されないこと」
ここの二つを両立することは非常に難しいのだと思います。特に、本気で人を騙そうとすればするほどに。
本書では、小野尚子に扮していた黒幕の人生とその動機が最も読みどころのある場面です。
やがてたどり着く答えは納得のいくものであり、「自分」という変化する不確かな存在とその脆さにドキッとする内容でした。
描写の巧みさ
単行本で534頁ある長編なのですが、各人物の行動や心理描写が巧みなのでグイグイと読み進めることが出来ます。
薬物依存やDV、母親からの心理的束縛など様々な痛みや傷を抱える女性たちが登場しますが、いずれも違和感や矛盾を感じることなく読み進めることが出来ます。
長編小説を読むにあたって、細かな文章や描写が丁寧で読者に違和感を持たせないからこそ、無意識のうちに物語の本筋に引き込まれていくのでしょう。
まとめ
『鏡の背面』は自己同一性をテーマに、一人の女性の人生を追う過程で、何に躓き、何を貫いたのかが描かれていきます。
絶えず変化していく「自分」という存在を読みやすく、サスペンスとして仕立て上げた小説になっています。ストーリーや心理描写などが巧みで、多くの小説好きが満足を感じる一冊ではないでしょうか。
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