樅ノ木は残った 山本周五郎-忍苦こそ武士道-

時代小説

『樅ノ木は残った』は歴史に名を残す大作家である山本周五郎の代表作であり、大河ドラマにもなった作品です。

内容としては、江戸初期に起こった”伊達騒動”の中心人物である原田宗輔(甲斐)を描いた小説になります。

上中下巻でそれぞれが500頁ほどある作品で非常にボリュームのある作品ですが、描かれるシーンは貫徹して”苦難””忍苦”です。

耐えに耐え、忍び忍んだ先に待ち受ける結末には何が待っているのでしょうか。

本記事では、おそらくネタバレを書いてしまうと思いますので、未読の方は見ないほうがいいかもしれません!!

スポンサーリンク

どんな小説家?

山本周五郎(1903-1967)

人間の心を映し出すことに極めて優れた昭和を代表する小説家。

代表作は『赤ひげ診療譚』『さぶ』『樅ノ木は残った』など

「読者から寄せられる好評以外に、いかなる文学賞のありえようはずがない」といった信念のもと直木賞を唯一辞退した人物としても有名です。

無味無臭の薄っぺらい優しさではなく、人間が苦難の末につかみ取る優しさが描かれます。

『赤ひげ診療譚』『さぶ』いずれにしても主人公は楽とはいえない人生や経験を経たうえで優しさをつかみ取る小説であり、いずれも不朽の名作と称えたい作品です。

概要

伊達家六十万石を分割する。名門伊達家を乗っ取ろうとする企みを知った原田甲斐は全てを捨てる覚悟を決め、お家を守る決意をした。

武士とは何か。正義とは、命とは……

伊達家の歴史の裏には汚名にまみれた一人の忠臣がいた。

小説の魅力

・孤高の生き様

主人公である原田甲斐の孤高の生き様は外すことの出来ないポイントです。己も家族も全てを犠牲にしてまで彼が残したかったものとは何か……

名家に生まれたこその苦しみが上巻から下巻まで続いていきます。彼自身が最も生を楽しんでいたのは政治の舞台ではなく、休暇で訪れる山の中だけなのです。

生きるか死ぬかお互いに命を懸けて時間を過ごし、ただ無言で山小屋で過ごす生活が彼にとっては安らぎにすらなっていたのです。

主人公・原田甲斐が何を思い、どのように生きて、そして使命を果たしていくのか。孤高の生き様のなかに彼の哲学、信念が最後まで貫かれていることが分かるはずです。

・多数の登場人物とその人生

原田甲斐は確かに幸せな人生とは言えなかったかもしれません。彼は生まれた身分と役割に己の命を捧げました。生きてから死ぬまで責務に殉じたといえるでしょう。

その一方で、堕ちに堕ち恥辱にまみれながらも人生を切り拓いた人物や、敗れてもなお己の生き方を貫いた男たちがいます。登場人物はたくさんいるため全てを紹介することは出来ませんが、ここでは4人紹介したいと思います。

おみやと新八

おみやは兄である柿崎六郎兵衛のために体を売る生活を続けるうちに淫乱な心に染まっていきます。そこに、毒されたのが宮本新八です。

彼は武士でありながらも無力であり心にも弱さを抱えています。当人がそのことを強く自覚しているおり、おみやとともに堕ちていくことになります。

しかし、二人は憎しみや恥辱を越えて、最後には己の人生をしっかりと歩み始めることになります。そこに至るまでの人間の弱さと脆さの数々と、それでもなお自分の足で立ち、道を歩むことになる場面には感動するものがあるのではないでしょうか

『樅ノ木は残った』では非業の死を遂げることも少なくはないですが、”おみやと新八”に関しては数少ない幸福をつかんだといえる人物ではないでしょうか。

柿崎六郎兵衛

彼は粗暴で悪辣な人間として描かれています。事実、身内でも何でも関わらず使えるものは何でも使いますし、弱さには徹底的につくことにぬかりがありません。

彼はその才覚で一時成功を収めたかに思えましたが、

己の最も頼りとする武力を失った時に、全てから見放され物乞いになるかを迫られることになります。しかし、もはやどうにもならない大底で彼はこう思うのです。

「俺は欲しいものは何でも手に入れてきた。我慢することは出来ない。ましてや、人に頭を下げて物乞いをすることなどごめんである」と。

彼は確かに悪人かもしれませんが、彼自身の生き方や美学に貫いて、その人生を生きています。妹に捨てられ、両目をつぶされ、もはや縋るものなくなった時にそれでも自分の意志を曲げたりはしないのです。(事実、この後一ノ関を強請りにいきます)

やっていることはクズであることに間違いはありませんが、大底でなお「悪」をつきとおす生き方には尊敬と畏怖を感じました。

石川兵庫介

彼は、当初は柿崎六右衛門に雇われていたのですが、柿崎の粗暴さに納得がいかず彼に挑み片腕を折られます。

“絶対に許さない”と固く誓った石川は、新たな武術を身に着け、柿崎の前に現れます。再戦は見事勝利を収めました。彼は柿崎の両目を抉り失明させたのです。

憎しみからは何も生まれないというようなことはよく言われますが、実際のところそれは挫折を知らないものの綺麗事だと思います。受けた屈辱は時に大きなエネルギーとなって人間を動かすものです。

片腕となった石川が、両腕が使えた頃よりも強くなり復讐を果たすことが出来たのは間違いなく復讐心があったからです。

逆境にあってなお不屈の精神で己を強くした石川兵庫介。物語であれば端役であるかもしれませんが、その生き方一つとっても読者に訴えかけるものがあるのです。

まとめ

『樅ノ木は残った』は大筋だけを説明すれば、原田甲斐がすべてを犠牲に伊達藩を救った話ですが、長い物語のなかで多くの登場人物が人間模様を見せていきます。

多くの登場人物とその一人一人の人生こそが本書最大の魅力なのではないでしょうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました